2011年05月11日

Mangungu Mission House

ホキアンガハーバーは、タスマン海に口を開く大きな溺れ谷で、海からの奥行きは50kmほどあるそうです。カヌーでやってきたマオリの人々が、その内海沿いにたくさんの集落を築き現在に至ります。

ホキアンガ自体マオリ発祥の地とされ、マオリの歴史が深いと同時に、非常に古いヨーロピアン居住区としての歴史にも溢れています。中でも、6月13日東京発の風ホキアンガツアーで訪れるホレケと言う町は、ニュージーランドで2番目に古い町とされ、この国最初(マオリを除く)の○○と言われる建物や歴史が多く残されている場所です。

そのうちの一つ、今日はMangungu Mission Houseを紹介します。

ハーバーを見下ろす素晴らしい眺めの丘の上に、ひっそり建っています。

Mangungu blog2.jpg

ニュージーランドははじめ、マオリ語で白く長い雲のたなびく地を意味するアオテアロアと呼ばれていました。

18世紀以降、ヨーロッパ人の到来に伴いその文化がアオテアロアに大きく影響し始めます。マオリの間での改宗もすすみ、ホキアンガで特に信仰の厚かったNgapuhi族のリーダー、パツオネの保護の下、ニュージーランドで2つ目のメソジスト伝道所として1828年に設立されたのがこのMangunguです。この写真の建物自体は1838年から39年にかけて建てられました。

この伝道所はニュージーランド建国の歴史にも深いかかわりがあり、1840年のワイタンギ条約発布後、ここは3番目の調印場所となりました。ホキアンガは当初からアオテアロアの中でも特に多くのマオリが分布する場所だったため、ここでの調印はこの条約締結に欠かせませんでした。3千名を超える聴衆が集まる中、調印場所の中で最も多い70名の首長のサインがこのMangungu Mission Houseで行われました。下の写真が実際に調印の行われたテーブルと、そのオリジナルコピーです。

Mangungu blog3.jpg

マオリは文字を持たず、当初ほとんどのマオリはアルファベットを利用していませんでしたので、多くの首長が象形文字のような、マークのようなもの(恐らく顔に入れている刺青のモチーフの一部)でサインを行っています。

現在のMission Houseは、当時の牧師John Hobbsがデザインし、地元のカウリを用いて建てたものです。1840年からこのMission Houseは彼とその家族の所有となりました。

1855年、Hobbs一家のオークランド移転に伴い、この建物も海上輸送で一旦オークランドへ運ばれます。この家ごと移転する発想が私としてはとても新鮮な驚きなんですが、この国では結構普通に行われています。

さておき、オークランドで余生を送るはずだったこの家は、19世紀初期の貴重な建築様式や技術など歴史的価値が高く、1840年の初期のイギリス開拓時代に建てられた数少ない現存する貴重な建物として、1970年に再びもとあった場所に戻され、New Zealand Histric Places Trustの手によって1977年、博物館としてよみがえりました。

その中に展示されている調度品や写真から、
アオテアロア時代のホキアンガの賑わいが聞こえてくるようです。
posted by AiAi at 19:33| オーランド ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Hokianga | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月19日

タスマン海の見える丘

今日は久しぶりに仕事を離れて、一人ぶらりと歩きに行きました。

実は6月12日東京発で、「風の旅行社」主催のホキアンガツアーが予定されています。講師はYNACの小原さん(以前の上司)です。

ホキアンガを含めた北島北部でコアなマオリ文化を体感してもらおう、、、そんな企画です。カウリの巨木に出会うFootprints Waipouaのナイトウォークを含め、地元の人々と触れ合いながら、マオリ族が歩んできたニュージーランドの歴史をお腹一杯体感するプログラムです。

その中に、ちょっとしっかり歩きたいと言う方のために、ホキアンガのタスマン海を望む美しい海岸線ウォークを組み込んでします。その下見を兼ねて、ぶらりと行ってきたわけです。。。

ニュージーランドのほとんどのウォーキングコースはDOC(環境保護局)の管理の下、表示やメンテナンスが比較的しっかり施されています。今回のコースはArai Te UruからWaimamaku Beachまで3時間のCoastal Walkway。

Walking3 blog.jpg

ちなみにArai Te Uruの言うのは、マオリの先祖がつけた地名であり守り神の名前です。タスマン海に口を開くホキアンガハーバーの河口左門柱にあたる岸壁にその名がつけられています。右手門柱は巨大な砂丘でNeniwaと言います。

NeNiwa blog.jpg

左がタスマン海。左奥が砂丘(Neniwa)です。左下に見える黒い陰がArai Te Uruです。

一度ハーバーを出ると、海岸線は川の河口以外は絶壁が多く、Walkwayの半分は岸壁をトラバースします。岸壁の高台から望む、タスマン海と砂丘の景色は絶品です。

Walking blog.jpg

Walking14 blog.jpg

とてもじゃないけど下の岩場は歩けそうに無いですね。

Arai Te Uru blog.jpg

断崖の合間に注ぐ小さな川が浜を作り、数箇所浜辺を歩きます。
干潮でないと通れない場所が結構あったので、時間合わせが必要です。

Walking20 blog.jpg

ただこんな断崖絶壁の際まで人の営み(FARM)が迫っているので、その柵沿いを基本的にはトレースします。最初は森のなくなってしまったGREENにとても違和感がありましたが、これもこれでニュージーランドらしい景色ではあります。いつもこの荒野を開いた人たちは凄いなぁ、こんな広大な土地を管理するの大変だなぁ、、とそこに感心する私です。

今日はArai Te UruからWaimamaku Beachまで通して歩きませんでしたが、それまでに思っていた以上に変化とホキアンガらしい広大な景色の楽しめるコースに満足な一日でした。今度はWaimamaku Beachから入って、STORYを練りたいと思います。
posted by AiAi at 21:31| オーランド ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Hokianga | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月26日

野生化イノシシ計量大会

昨日はオポノニでイノシシハンターたちが集まり、毎年恒例の計量会がありました。

ニュージーランドには、もともとコウモリ以外の哺乳類は生息せず、イノシシも含めて現在この国にいる哺乳類は全て人の到来と共に持ち込まれた動物たちです。イノシシはハンターにとっては格好の標的で、ホキアンガでもスポーツハンティングが盛んです。地元のBoysもハンティングが大好き。今年は例年以上のエントリーがあったそうです。

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それぞれ運びこんだイノシシを計量。つるしていきます。今回一番大きいイノシシで125kg。そんなのが向かってきたらかなりビビルでしょうね。。。

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イノシシと言っても毛色も茶色、ブチ、黒まで様々。豚から野生化したからでしょうか?

これらのイノシシは最終的にオークションで売られ、誰でも購入できます。一番高値でも$80前後だったとか。この大きさなら超特値ですね。

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傍らでは大ウナギ?も計量され、オークションで売られていました。子供と比べたら巨大!!こっちの人たちは燻製にして食べるそうです(私はまだトライしてませんが。。。)きっと日本の蒲焼を知ったら病み付きになるでしょうね。それには大味かもしれませんが。。。

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これもホキアンガの風物詩です。
posted by AiAi at 12:35| オーランド ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Hokianga | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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